2012年05月08日
東京ホタル ~ いのり星 ~
東京ホタルのイベントに
連休最終日参加してきました。
今回、ご縁あって私は
「三浦半島のおいしいものを東京の食卓へ」というブースで
いつもお世話になっている三浦の自家製小麦パン屋
「充麦」さんと初めて一緒に出店させて頂きました。
また、三浦で無農薬野菜を作られている飯嶋農園さんとも
初めてご一緒させて頂きました。
こちらのイベントは、今回初めて開催されるもので
間もなく正式オープンする「東京スカイツリー」の目の前に流れる
隅田川に太陽光蓄電LEDをカプセルにした「いのり星」を
夜の隅田川に放して、環境に配慮しながら東京の夜景を楽しむ
というものなのですが、このLEDライトはスカイツリーで
使わるものだそうです。
昼間のスカイツリー

この日私たちが出店した場所は川のマーケットというエリアで
メイン会場からはちょっと外れていたので、日中はそこまで多くの
人出があったわけではありませんが、それでもご近所に住む方等が
お買いものがてら通られていたり、散歩されている方もいたり
もちろんイベントで来られた方も多くいました。
このイベントは隅田川を挟んで両サイドで開催されていたので
会場としてはかなり広範囲。私も出店場所付近しか見れなかったの
ですが、それでもいろんなお店が出店したり、小さい子が楽しめる
移動紙芝居があったり、都会なのですが緑も多くて、決して綺麗じゃ
ないけど川も流れていて、目の前には巨大なスカイツリーが聳え立ち
だけど風船がふわふわ周りにたくさん浮いていて、自然と都会が
混合している、でもなんだか本当に気持ちのいい空間でした。

今回は、充麦さんにお声かけ頂いて一緒に出店させて頂くことに
なったのですが、イベントで一緒に出店するのは今回が初めて。
いつもは自分で充麦さんのパンを仕入れさせて頂き、使わせて
もらっているのですが、なかなか一緒にイベントに出店する
機会がなくて、いつか是非と思い楽しみにしていました。
それがこのイベントで実り、とっても嬉しかったです♪
充麦さんとは偶然にもオープン日も本当に数週間しか違わず、
当初からお世話になっているのですが、結構いつも無理を
きいてもらったりしてて、今回もせっかくのコラボ出店なので
急遽オリジナルパンをまた作って貰いました◎

充麦さんでは、ご実家で畑をされていて自家製野菜もあるので
充麦さんで採れた「ほうれん草」と「くるみ」を混ぜてもらって
スープに合うような感じでお願いしました。
とにかく結構急にお願いしちゃったので、私も仕上がりが
当日までわからなかったのですが、さすが充麦さん!
とっても美味しいパンを作ってくれました◎
お客さんにも好評で、最初「パンはいらない~」って言ってた子供が
一口食べたら「もっとパン食べる~!それ全部食べる~!!」と
お母さんから取り上げていたくらいでした。(笑)
イイジマ農園さんには、時々買い物で伺っていたのですが
社長さんとちゃんとご挨拶できてなかったので、この機会に
お逢い出来て良かったです♪また新しい出会いを頂きました。
この日のスープにはイイジマ農園さんが当日販売していた
無農薬キャベツやニンジンを使用させて頂きました。


午前中はとてもいい天気で、ほんわかした感じでしたが
夜からの雨の予報がかなり早まり、3時過ぎくらいからお天気が
急変!なんだか雲行きが怪しくなり、風も強くなり始めて
そしたら雷と共に突然の豪雨!!。

みんな慌てて中に野菜をしまったり、お客さん達も雨宿りに来たり
一瞬騒然としましたが、しばらくすると雨が上がり。。
と思ったらまた降り出したりって、繰り返しお客様もまばらになり、
なんだか落ち着かない天候でした。
予報を見たら雨マークが夜まで続いていたので
「いのり星」の放流イベントなどが直前まで心配されましたが、
なんとそれに合わせるようにピタッと天気が回復して
時間通りに、「いのり星」が隅田川に放流されました。
会場に訪れた皆さんが順番に川に投げ入れると、水に濡れることで
発電するいのり星が光り始め、本当にホタルのような感じ。
次第にそれは増えていき、川一面に広がっていきました。
空もだんだんと暗くなると、その光景は本当に素敵で
後半になるとスカイツリーはライトアップされすごく綺麗で
しかもこの週末は月が一番近く見られるというスーパームーンという
現象が起きたのですが、この満月がなんとスカイツリーの真横に
ものすごく大きく出てきて、ビックリ!!
本当にものすごい幻想的な景色が見られました。
会場に来られた方もいたと思いますが
本当にここ最近で見た景色では一番感動した場面でした。

それだけでも本当に満足だったのですが、夕方からはお客さんも
増えて来て、充麦さんやイイジマ農園さんは夕方には売り切れ
ちょっと早めに帰られたのですが、私はまだ残っていたのと
荷物が結構あったので、車の乗り入れが出来るイベント終了時間、
21時近くまで結局販売させて貰うことになり、そのおかげでスープは
少し残ったものの、それ以外は完売できました☆
連休中、お馴染みの四季の森公園や横須賀美術館のほか、
ケータリングなどの予定もフルで詰まっていて、雨で一日だけ
出店はお休みしたものの、買い出しや仕込みなどに追われて
最終日は珍しく夜まで出店というかなりハードなスケジュールでしたが、
なんとか無事に乗り切れて、たくさんの方たちにお逢い出来て、
本当にとても充実したGWになりました。
さすがに昨日はちょっと疲れも出ましたが、この経験をばねに、
また出来ることをしていきたいと思っています。
連休明け、皆さんもお疲れかもしれませんが
5月病などにならないように、美味しいものをたくさん食べて
頑張っていきましょ~♪
連休最終日参加してきました。

今回、ご縁あって私は
「三浦半島のおいしいものを東京の食卓へ」というブースで
いつもお世話になっている三浦の自家製小麦パン屋
「充麦」さんと初めて一緒に出店させて頂きました。
また、三浦で無農薬野菜を作られている飯嶋農園さんとも
初めてご一緒させて頂きました。

こちらのイベントは、今回初めて開催されるもので
間もなく正式オープンする「東京スカイツリー」の目の前に流れる
隅田川に太陽光蓄電LEDをカプセルにした「いのり星」を
夜の隅田川に放して、環境に配慮しながら東京の夜景を楽しむ
というものなのですが、このLEDライトはスカイツリーで
使わるものだそうです。

昼間のスカイツリー

この日私たちが出店した場所は川のマーケットというエリアで
メイン会場からはちょっと外れていたので、日中はそこまで多くの
人出があったわけではありませんが、それでもご近所に住む方等が
お買いものがてら通られていたり、散歩されている方もいたり
もちろんイベントで来られた方も多くいました。
このイベントは隅田川を挟んで両サイドで開催されていたので
会場としてはかなり広範囲。私も出店場所付近しか見れなかったの
ですが、それでもいろんなお店が出店したり、小さい子が楽しめる
移動紙芝居があったり、都会なのですが緑も多くて、決して綺麗じゃ
ないけど川も流れていて、目の前には巨大なスカイツリーが聳え立ち
だけど風船がふわふわ周りにたくさん浮いていて、自然と都会が
混合している、でもなんだか本当に気持ちのいい空間でした。

今回は、充麦さんにお声かけ頂いて一緒に出店させて頂くことに
なったのですが、イベントで一緒に出店するのは今回が初めて。
いつもは自分で充麦さんのパンを仕入れさせて頂き、使わせて
もらっているのですが、なかなか一緒にイベントに出店する
機会がなくて、いつか是非と思い楽しみにしていました。
それがこのイベントで実り、とっても嬉しかったです♪
充麦さんとは偶然にもオープン日も本当に数週間しか違わず、
当初からお世話になっているのですが、結構いつも無理を
きいてもらったりしてて、今回もせっかくのコラボ出店なので
急遽オリジナルパンをまた作って貰いました◎

充麦さんでは、ご実家で畑をされていて自家製野菜もあるので
充麦さんで採れた「ほうれん草」と「くるみ」を混ぜてもらって
スープに合うような感じでお願いしました。
とにかく結構急にお願いしちゃったので、私も仕上がりが
当日までわからなかったのですが、さすが充麦さん!
とっても美味しいパンを作ってくれました◎
お客さんにも好評で、最初「パンはいらない~」って言ってた子供が
一口食べたら「もっとパン食べる~!それ全部食べる~!!」と
お母さんから取り上げていたくらいでした。(笑)
イイジマ農園さんには、時々買い物で伺っていたのですが
社長さんとちゃんとご挨拶できてなかったので、この機会に
お逢い出来て良かったです♪また新しい出会いを頂きました。
この日のスープにはイイジマ農園さんが当日販売していた
無農薬キャベツやニンジンを使用させて頂きました。

こちらはオープン前の準備中。ブース前もふわふわ♪

午前中はとてもいい天気で、ほんわかした感じでしたが
夜からの雨の予報がかなり早まり、3時過ぎくらいからお天気が
急変!なんだか雲行きが怪しくなり、風も強くなり始めて
そしたら雷と共に突然の豪雨!!。


みんな慌てて中に野菜をしまったり、お客さん達も雨宿りに来たり
一瞬騒然としましたが、しばらくすると雨が上がり。。
と思ったらまた降り出したりって、繰り返しお客様もまばらになり、
なんだか落ち着かない天候でした。

予報を見たら雨マークが夜まで続いていたので
「いのり星」の放流イベントなどが直前まで心配されましたが、
なんとそれに合わせるようにピタッと天気が回復して
時間通りに、「いのり星」が隅田川に放流されました。

会場に訪れた皆さんが順番に川に投げ入れると、水に濡れることで
発電するいのり星が光り始め、本当にホタルのような感じ。
次第にそれは増えていき、川一面に広がっていきました。
空もだんだんと暗くなると、その光景は本当に素敵で
後半になるとスカイツリーはライトアップされすごく綺麗で
しかもこの週末は月が一番近く見られるというスーパームーンという
現象が起きたのですが、この満月がなんとスカイツリーの真横に
ものすごく大きく出てきて、ビックリ!!

本当にものすごい幻想的な景色が見られました。
会場に来られた方もいたと思いますが
本当にここ最近で見た景色では一番感動した場面でした。

まだライトアップされる前、月が出る前ですが…

それだけでも本当に満足だったのですが、夕方からはお客さんも
増えて来て、充麦さんやイイジマ農園さんは夕方には売り切れ
ちょっと早めに帰られたのですが、私はまだ残っていたのと
荷物が結構あったので、車の乗り入れが出来るイベント終了時間、
21時近くまで結局販売させて貰うことになり、そのおかげでスープは
少し残ったものの、それ以外は完売できました☆
連休中、お馴染みの四季の森公園や横須賀美術館のほか、
ケータリングなどの予定もフルで詰まっていて、雨で一日だけ
出店はお休みしたものの、買い出しや仕込みなどに追われて
最終日は珍しく夜まで出店というかなりハードなスケジュールでしたが、
なんとか無事に乗り切れて、たくさんの方たちにお逢い出来て、
本当にとても充実したGWになりました。

さすがに昨日はちょっと疲れも出ましたが、この経験をばねに、
また出来ることをしていきたいと思っています。
連休明け、皆さんもお疲れかもしれませんが
5月病などにならないように、美味しいものをたくさん食べて
頑張っていきましょ~♪

ちょっと離れたとこから撮ったスカイツリーと満月

2012年05月03日
石巻弾丸ツアー ⑧ ~ 旅の目的 ~
石巻弾丸ツアー⑧ です。
ようやくここまで辿り着きました。
本当はGWに入る前には、書き終えたかったのですが
なんやかんやで予定が詰まってしまい、
なかなかゆっくり書く事が出来ませんでした。
まずは、ここまでお付き合いいただいた皆様、
長々とありがとうございます。
そんな皆様の中にも、きっと
『… で、結局のところ何しに行ったんだ?』と、
疑問をお持ちの方もいるのでは?
少なくとも私の仲間内では謎の行動だったようで
久しぶりに逢った早々突っ込まれ、しかも
「真似する人なんていない!」と断言されてしまいました。(^^;;
まあ、そりゃそうですよね。
更にはGWに入った途端、夜行バスの大事故。
確かに私も20代初めに乗って以来の久しぶりの夜行バスでしたが、
運転手さん夜中眠くならないのかな?って疑問に思いながらも、
たいして気にせず自分は寝てました。
なんの乗り換えもなく、しかも安く目的地まで運んでくれる利点との
引き換えはやはり大きなリスクを伴う事を、
そしてその背景を知る事をとても考えさせられる大事故でしたね。。
やっぱり何でも背景を知ることは大事ですね。
亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に
今日から始まるGW後半戦、運転する方もしない方も
本当に大きな事故が多発しているので、
皆さんどうぞ十分に気をつけてお過ごしくださいませ。
さて、本題に…。
私がこの旅を決めた一番の目的は、前にも少し書いたと思いますが、
震災から一年が経った被災地の今をどうしても自分の目で
確かめておきたかったから。それは単なる興味本位ではなくて、
毎日時間だけが流れて行く中で、震災の事も少しずつ薄れて行く生活を
送りはじめている自分自身が、今出来る事は何か?
そして、これから何をしていくのが必要なのか?
それを何か少しでも現地で感じ取りたいと思ったからです。
だから別に現地の案内をする為にブログを書くつもりも最初は別になかったし、
あくまでも自分の中の何かケジメみたいな感じで思っていました。
そしてまた、現地で確かめてみたい事がありました。
一つは放射能の問題。
実際、福島県以外の被災地はどの程度の数値なのか。
前にもお伝えしたように2月の頭にガイガーカウンターが届いてから、
とりあえずひと月はほぼ毎日のように測っていました。
自宅はもちろん、横浜や都内や仲間の家や、何処かへ行った際も
出来るだけ計測していました。でもだいたい同じような数値で、
日によって多少は変わるものの、うちの辺りでは0.10μsv/hが平均だという事が
わかりました。横浜や都内は場所によってもう少し高めだったりしましたが、
だいたい似たような数値でした。
でもこれが例えば福島や、東北地方ではどうなるのだろう?
というのがずっと疑問でやはり自分の目で確かめてみたいと思っていました。
結果から言うと、現地(石巻)のその日の空間線量は0.11~0.13μsv位。
神奈川とほとんど変わりませんでした。
また、往復の横須賀線電車内、夜行バスの中も測ってみました。
その結果、あくまでも個人的な意見ですが車両によってはかなり汚染されていて
特に空調のフィルターが汚染されている可能性が高いのではないかと思いました。
というのも、実は行きの電車、バスに関してはとても高い数値が
運転中に出たからです。
正直、初めて警告表示が出るのを見ました。
偶然かと思って、何度もチェックしましたがやっぱりとても高い数値が
出てました。
具体的な数値はここには書きませんが、見たことない数字が出てました。
でも、帰りは電車もバスもだいたい0.2位でしたので、
決して低くはないですが、行きとはだいぶ違ったので
やっぱり車両によって違うんだなというのを感じました。
ちなみに、道中の高速SA。行きは福島県でしかバスを降りなかったのですが、
その時は安達太良SAで0.4ちょっとありました。
原発からは少し離れている場所ですが、やはりその位はあるんだと実感しました。
もう一つは、がれきの問題。
これも以前ブログで取り上げましたが、神奈川県を始め、
現在いろんな場所で広域処理が検討されています。
だけど本当にそれって必要なのか?
そんなに被災地ではがれきに埋もれて暮らしているのか?
自分で直接確かめてみたかったのもありました。
もちろん、私が見たのは石巻の一部分しかありませんが
そこは海に面しているところで津波被害が大きく、写真にも載せたように
今まであったほとんどの家がなくなってしまった場所。
その一部にがれきの山が確かにありました。だけどその周りにはすでに
更地となっている場所が広大に広がっています。
また、その場所は今後そのままでは人が住むのは難しい場所。
高台にするとか何かしないとそれでもまた大きな津波がくる可能性がある場所なので
住居というより何か他の事に使う方がいいように思えさえする状況です。
石巻で出会ったおじいちゃんにも、ちょうどがれき話になっている時に、
現地の意見として聞いてみました。おじいちゃんもやはり同じような意見で、
雇用の問題とかもあるから地元に焼却施設などを作って地元で処理をして
こういう場所に埋め立てた方がいいんだけど、と言っていました。
私は一言、「やっぱりそうですよね。」といいました。
もちろん、現地の人たくさんの意見を聞いた訳でなく、あくまでもおじいちゃんの
個人的な意見を聞いたのですが、それでも長年その場所で暮らしてきた人が
そう思うのであればそれはきっと町の意見だと思いました。
だからやっぱりそういう意味でも私はがれきの広域処理にはやはり反対で、
そもそもバグフィルターが放射性物質を除去できるとかそんな根拠はないと
言われているのだし、実際電車やバスの空調でそんな風に拡散しているというのを
私は感じ取ったので(これは私は個人的な推測でもありますが)
やっぱり簡単に考えるべきでは無いと思っています。
だって、大抵受け入れしたいといっている市長さんとかがいるとこは
自分の親族が産廃業者だったりなんやかんや利権がらみだったり、
単にお金が目当てだったりしているのが見え透いてて。(私だけかな?)
本当にいろんな事をクリアして、それでもどうしてもそれが必要であれば
それもやむ終えないかとも思いますが、まずは自分たちの街のゴミの問題も
出来てないのに、どうなのかなって思ったりします。
もちろん、いろんな意見はあると思いますが
私は現地に行ってよりそう感じました。
残念ながら今回は瓦礫のすぐ近くまでは行く事ができなかったので
瓦礫の放射能汚染度はわかりませんでしたが…。
でも、そう考えると例えば、今現地での必要なのはやはり瓦礫の広域処理よりも
復興に向けての直接の支援だと思うし、まずは私たち被災地以外の人が
忘れない事だと思います。
できれば直接行って少しでも地元にお金を落としてあげる事も必要だと思います。
ただし、福島に関してはやはり放射能の影響はもっと気にして対策をしながら
行く人は行くべきだと私は思いますので、GW中に行かれる方も
それなりの情報を得ながら行動する事おススメします。
もちろん、それぞれの考えがあるし、状況も違うので
具体的に出来ること、できない事、自分なりの判断で、できる範囲でやることが
そして何より被災地に関しては、想う気持ちが大事なんじゃないかと思っています。
まあ、何はともあれ自分で見てきた事を今はもちろん、もっと後になった時に
きちんと伝えられるようにこのブログでも残す事で記憶に残し、もう二度と
同じような事が起きないように、もし起きた時でも何か少しでも今回の教訓がいきるように、
私達はこれからの行動を今一度考えていく必要があると思いました。
今回の旅で私が得た一番の事は
「てんでんこ」
きっと、津波や地震だけでなく、これからの私達に必要な教え なのかもしれません。
自分たちの身は自分達で守って行く。
このブログをご覧いただいた皆さんの中で
何か少しでも感じ取ってもらえたら幸いです。
本当に長々とお付き合いありがとうございました。
m(_ _)m
GW後半、どうぞ事故の無いよう、楽しくお過ごしくださいね♪
石巻駅前の商店街は一部仮設で復興商店街がありました。


北上川


自分用のお土産。バックは売り上げの半分が寄付されるそうです。

ようやくここまで辿り着きました。

本当はGWに入る前には、書き終えたかったのですが
なんやかんやで予定が詰まってしまい、
なかなかゆっくり書く事が出来ませんでした。
まずは、ここまでお付き合いいただいた皆様、
長々とありがとうございます。

そんな皆様の中にも、きっと
『… で、結局のところ何しに行ったんだ?』と、
疑問をお持ちの方もいるのでは?
少なくとも私の仲間内では謎の行動だったようで
久しぶりに逢った早々突っ込まれ、しかも
「真似する人なんていない!」と断言されてしまいました。(^^;;
まあ、そりゃそうですよね。
更にはGWに入った途端、夜行バスの大事故。
確かに私も20代初めに乗って以来の久しぶりの夜行バスでしたが、
運転手さん夜中眠くならないのかな?って疑問に思いながらも、
たいして気にせず自分は寝てました。
なんの乗り換えもなく、しかも安く目的地まで運んでくれる利点との
引き換えはやはり大きなリスクを伴う事を、
そしてその背景を知る事をとても考えさせられる大事故でしたね。。
やっぱり何でも背景を知ることは大事ですね。
亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に
今日から始まるGW後半戦、運転する方もしない方も
本当に大きな事故が多発しているので、
皆さんどうぞ十分に気をつけてお過ごしくださいませ。
さて、本題に…。

私がこの旅を決めた一番の目的は、前にも少し書いたと思いますが、
震災から一年が経った被災地の今をどうしても自分の目で
確かめておきたかったから。それは単なる興味本位ではなくて、
毎日時間だけが流れて行く中で、震災の事も少しずつ薄れて行く生活を
送りはじめている自分自身が、今出来る事は何か?
そして、これから何をしていくのが必要なのか?
それを何か少しでも現地で感じ取りたいと思ったからです。
だから別に現地の案内をする為にブログを書くつもりも最初は別になかったし、
あくまでも自分の中の何かケジメみたいな感じで思っていました。
そしてまた、現地で確かめてみたい事がありました。
一つは放射能の問題。
実際、福島県以外の被災地はどの程度の数値なのか。
前にもお伝えしたように2月の頭にガイガーカウンターが届いてから、
とりあえずひと月はほぼ毎日のように測っていました。
自宅はもちろん、横浜や都内や仲間の家や、何処かへ行った際も
出来るだけ計測していました。でもだいたい同じような数値で、
日によって多少は変わるものの、うちの辺りでは0.10μsv/hが平均だという事が
わかりました。横浜や都内は場所によってもう少し高めだったりしましたが、
だいたい似たような数値でした。
でもこれが例えば福島や、東北地方ではどうなるのだろう?
というのがずっと疑問でやはり自分の目で確かめてみたいと思っていました。
結果から言うと、現地(石巻)のその日の空間線量は0.11~0.13μsv位。
神奈川とほとんど変わりませんでした。
また、往復の横須賀線電車内、夜行バスの中も測ってみました。
その結果、あくまでも個人的な意見ですが車両によってはかなり汚染されていて
特に空調のフィルターが汚染されている可能性が高いのではないかと思いました。
というのも、実は行きの電車、バスに関してはとても高い数値が
運転中に出たからです。
正直、初めて警告表示が出るのを見ました。
偶然かと思って、何度もチェックしましたがやっぱりとても高い数値が
出てました。
具体的な数値はここには書きませんが、見たことない数字が出てました。
でも、帰りは電車もバスもだいたい0.2位でしたので、
決して低くはないですが、行きとはだいぶ違ったので
やっぱり車両によって違うんだなというのを感じました。
ちなみに、道中の高速SA。行きは福島県でしかバスを降りなかったのですが、
その時は安達太良SAで0.4ちょっとありました。
原発からは少し離れている場所ですが、やはりその位はあるんだと実感しました。

もう一つは、がれきの問題。
これも以前ブログで取り上げましたが、神奈川県を始め、
現在いろんな場所で広域処理が検討されています。
だけど本当にそれって必要なのか?
そんなに被災地ではがれきに埋もれて暮らしているのか?
自分で直接確かめてみたかったのもありました。
もちろん、私が見たのは石巻の一部分しかありませんが
そこは海に面しているところで津波被害が大きく、写真にも載せたように
今まであったほとんどの家がなくなってしまった場所。
その一部にがれきの山が確かにありました。だけどその周りにはすでに
更地となっている場所が広大に広がっています。
また、その場所は今後そのままでは人が住むのは難しい場所。
高台にするとか何かしないとそれでもまた大きな津波がくる可能性がある場所なので
住居というより何か他の事に使う方がいいように思えさえする状況です。
石巻で出会ったおじいちゃんにも、ちょうどがれき話になっている時に、
現地の意見として聞いてみました。おじいちゃんもやはり同じような意見で、
雇用の問題とかもあるから地元に焼却施設などを作って地元で処理をして
こういう場所に埋め立てた方がいいんだけど、と言っていました。
私は一言、「やっぱりそうですよね。」といいました。

もちろん、現地の人たくさんの意見を聞いた訳でなく、あくまでもおじいちゃんの
個人的な意見を聞いたのですが、それでも長年その場所で暮らしてきた人が
そう思うのであればそれはきっと町の意見だと思いました。
だからやっぱりそういう意味でも私はがれきの広域処理にはやはり反対で、
そもそもバグフィルターが放射性物質を除去できるとかそんな根拠はないと
言われているのだし、実際電車やバスの空調でそんな風に拡散しているというのを
私は感じ取ったので(これは私は個人的な推測でもありますが)
やっぱり簡単に考えるべきでは無いと思っています。
だって、大抵受け入れしたいといっている市長さんとかがいるとこは
自分の親族が産廃業者だったりなんやかんや利権がらみだったり、
単にお金が目当てだったりしているのが見え透いてて。(私だけかな?)

本当にいろんな事をクリアして、それでもどうしてもそれが必要であれば
それもやむ終えないかとも思いますが、まずは自分たちの街のゴミの問題も
出来てないのに、どうなのかなって思ったりします。
もちろん、いろんな意見はあると思いますが
私は現地に行ってよりそう感じました。
残念ながら今回は瓦礫のすぐ近くまでは行く事ができなかったので
瓦礫の放射能汚染度はわかりませんでしたが…。
でも、そう考えると例えば、今現地での必要なのはやはり瓦礫の広域処理よりも
復興に向けての直接の支援だと思うし、まずは私たち被災地以外の人が
忘れない事だと思います。
できれば直接行って少しでも地元にお金を落としてあげる事も必要だと思います。
ただし、福島に関してはやはり放射能の影響はもっと気にして対策をしながら
行く人は行くべきだと私は思いますので、GW中に行かれる方も
それなりの情報を得ながら行動する事おススメします。
もちろん、それぞれの考えがあるし、状況も違うので
具体的に出来ること、できない事、自分なりの判断で、できる範囲でやることが
そして何より被災地に関しては、想う気持ちが大事なんじゃないかと思っています。
まあ、何はともあれ自分で見てきた事を今はもちろん、もっと後になった時に
きちんと伝えられるようにこのブログでも残す事で記憶に残し、もう二度と
同じような事が起きないように、もし起きた時でも何か少しでも今回の教訓がいきるように、
私達はこれからの行動を今一度考えていく必要があると思いました。
今回の旅で私が得た一番の事は
「てんでんこ」
きっと、津波や地震だけでなく、これからの私達に必要な教え なのかもしれません。
自分たちの身は自分達で守って行く。
このブログをご覧いただいた皆さんの中で
何か少しでも感じ取ってもらえたら幸いです。
本当に長々とお付き合いありがとうございました。
m(_ _)m
GW後半、どうぞ事故の無いよう、楽しくお過ごしくださいね♪

石巻駅前の商店街は一部仮設で復興商店街がありました。

途中であった猫

北上川

川の近くにいたカモ

自分用のお土産。バックは売り上げの半分が寄付されるそうです。

頑張って、石巻!

2012年04月24日
石巻弾丸ツアー ⑦ ~ 食の旅 ~
石巻弾丸ツアー⑦ です。
こんなに長くするつもりはなかったのですが、
これでもまだほんの一部。
でも、大まかなところはだいたいお伝え出来たと思うので
もう少しだけお付き合いください。m(_ _)m
門脇地区を後にして、私たちは駅に向かって
また違う道を通り戻ります。
途中、仮設住宅をほんの少しだけ見せて貰ったり、
建造物を紹介してくれたり、おじいちゃんのガイドは
商店街に戻るまでずっと続きました。
時折出会う人と、懐かしむように再会して挨拶を交わす
おじいちゃん。
今回、私はこのおじいちゃんに出会っていなかったら
どれだけの事しか知れなかったんだろう?
ふと頭によぎります。
でもきっと、こういう流れになっていたんだと思いました。
なんとなく引き寄せられるように来たこの場所。
もし朝一で住吉公園に行ってなかったら、
きっと一人で見て回るようでした。
(もちろんそのつもりではいたのですが…
)
でも私の行動は多分ちょっと無謀で、少し違えばきっとなんだか
とてもおかしな感じになっていたのかもしれません。
だけど、基本感覚で生きているので私にとってはとても自然な
流れでした。
とはいえ、皆さんにおススメするやり方では
もちろんありませんけど
駅に向かう商店街でおじいちゃんが言いました。
「石巻の特産って知ってるかい?」
完全にリサーチ不足の私は
「う~ん、なんか海産物ですよね?
何がおすすめですか??」と聞くと
「笹かまだよ。」って言うので、
「あ~、笹かま!そうですよね。
美味しいですよね!!私も大好きです。」
なんて話をしていたら、とあるかまぼこ屋さんの前に着き
おじいちゃんがささっと入っていきました。
出て来たおじいちゃんは、「はい。」って私に小さな袋と
一枚の揚げかまをくれました。
「え?!いや、そんな自分で買うので…」と私が言うと
「3枚しか入ってないから。」と言って笹かまをくれました
。
とりあえず揚げかまはその場で美味しくいただきました。

被災地に来て、見ず知らずの私を3時間以上案内してくれて
しまいにはお土産まで貰ってしまうなんて…
私は一体何しに来たんだ?!って一瞬思いましたが、
せっかくなのでお礼を言い、頂くことにしました。
最後におじいちゃんの連絡先を聞いて、写真も撮らせて貰い
今度こちらからお礼を贈る約束をしてお別れしました。
おじいちゃんと別れてから、私はとりあえず駅に向かいました。
時間はまだお昼前。。
駅前のソフトバンクで携帯を充電をしてもらい、
その間にちょっと早めのお昼ご飯を食べました。
駅前のお蕎麦屋さんでおろし天ぷらそば。
これがめちゃ美味しかった!
麺にこしがあって、天ぷらもとっても美味しかった♪

途中、観光案内所で貰ったパンフの地図に載っていた
道の駅の温泉。
「せっかくなので、ここに行ってみよう!」
と思いつき。。
でも何で行く?聞くと電車では行きにくいらしい。
レンタカー?そういえば、朝駅前をちょっとフラフラしている時に
レンタサイクルの看板を見たのを思い出し、
普段自転車なんて全然乗ってないけど、
車じゃ街をよく見れないので、思い切ってレンタサイクルで
行く事にしました。
念のため、そこまで自転車でどのくらいかかるか聞いてみると
「結構かかる、40分くらいはかかるのでは?」という答え。
「ああ、その位なら。」なんて普段全然乗らないにも拘らず
安易に答えてしまう私。
普段の運動不足がたたってか、休み休みしか行けず
結局片道1時間はかかってしまいました。
途中、偶然にも住吉中学校の前を通り、
「おお!ここかぁ。」なんて思ったのもつかの間。
そこは駅の反対側でもあり、海岸からもだいぶ離れているのに、
そこまでも津波が押し寄せたなんて…
信じられませんでした。。
でも確かな事実。
近くに川があるからそこからなのか?わかりません。。
やはり私の想像の域を超えています。
そのまま進み、北上川沿いをずっとずっと上っていき、
思った以上に遠いな~なんて思いながら
ひたすらママチャリのペダルを漕ぎました。
川沿いの途中には国の重要文化財なんかもあったりして。
朝着いた時は曇り空だったのが、時間が経つにつれて
だんだん晴れて来て、昼にはすっかり青空が広がり、
震災なんて感じさせないくらい
綺麗な景色と川の流れがありました。

ようやく着いた道の駅。

とりあえず定番のご当地ソフトを食べ、温泉に入り、
足つぼマッサージをしてちょっとのんびり。
ずんだソフト。私がラスイチで後ろの人ごめんなさいでした

帰りまた一時間かけて帰るのか~と思うとちょっとげんなり
してしまいましたが、気合入れてとても強い向かい風に
逆らいながら、なんとか夕方にはまた駅に戻りました。
途中、釜揚げうどんを食べてみたりしながら。


返却時間まで、自転車でまた少し周辺を回りながら、
数少ないお店だけがやっている商店街で買い物したりしました。
たくさんのお金は落とせないけど、なるべくいろんなお店で
少しずついろんなモノを買ったり食べたりしました。
本当に微々たるものですが、ほんの少しでも復興に
貢献できたらと思いました。
自転車を返却しても、バスが来るまではまだ時間があり、
駅前のお店で夕飯を食べ一杯二杯飲みながら
時間をつぶしました。
たった一日で、まだ石巻のほんの一部だけですが、
それでも現地に来たことでいろんな事を感じる事が出来ました。
やはり、百聞は一見に如かず…。

⑧(ラストです!)へ続く。
こんなに長くするつもりはなかったのですが、
これでもまだほんの一部。
でも、大まかなところはだいたいお伝え出来たと思うので
もう少しだけお付き合いください。m(_ _)m
門脇地区を後にして、私たちは駅に向かって
また違う道を通り戻ります。
途中、仮設住宅をほんの少しだけ見せて貰ったり、
建造物を紹介してくれたり、おじいちゃんのガイドは
商店街に戻るまでずっと続きました。
時折出会う人と、懐かしむように再会して挨拶を交わす
おじいちゃん。
今回、私はこのおじいちゃんに出会っていなかったら
どれだけの事しか知れなかったんだろう?
ふと頭によぎります。

でもきっと、こういう流れになっていたんだと思いました。
なんとなく引き寄せられるように来たこの場所。
もし朝一で住吉公園に行ってなかったら、
きっと一人で見て回るようでした。
(もちろんそのつもりではいたのですが…
)でも私の行動は多分ちょっと無謀で、少し違えばきっとなんだか
とてもおかしな感じになっていたのかもしれません。
だけど、基本感覚で生きているので私にとってはとても自然な
流れでした。
とはいえ、皆さんにおススメするやり方では
もちろんありませんけど

駅に向かう商店街でおじいちゃんが言いました。
「石巻の特産って知ってるかい?」
完全にリサーチ不足の私は
「う~ん、なんか海産物ですよね?
何がおすすめですか??」と聞くと
「笹かまだよ。」って言うので、
「あ~、笹かま!そうですよね。
美味しいですよね!!私も大好きです。」
なんて話をしていたら、とあるかまぼこ屋さんの前に着き
おじいちゃんがささっと入っていきました。
出て来たおじいちゃんは、「はい。」って私に小さな袋と
一枚の揚げかまをくれました。
「え?!いや、そんな自分で買うので…」と私が言うと
「3枚しか入ってないから。」と言って笹かまをくれました
。とりあえず揚げかまはその場で美味しくいただきました。

被災地に来て、見ず知らずの私を3時間以上案内してくれて
しまいにはお土産まで貰ってしまうなんて…
私は一体何しに来たんだ?!って一瞬思いましたが、
せっかくなのでお礼を言い、頂くことにしました。
最後におじいちゃんの連絡先を聞いて、写真も撮らせて貰い
今度こちらからお礼を贈る約束をしてお別れしました。
おじいちゃんと別れてから、私はとりあえず駅に向かいました。
時間はまだお昼前。。
駅前のソフトバンクで携帯を充電をしてもらい、
その間にちょっと早めのお昼ご飯を食べました。
駅前のお蕎麦屋さんでおろし天ぷらそば。
これがめちゃ美味しかった!

麺にこしがあって、天ぷらもとっても美味しかった♪

途中、観光案内所で貰ったパンフの地図に載っていた
道の駅の温泉。
「せっかくなので、ここに行ってみよう!」
と思いつき。。
でも何で行く?聞くと電車では行きにくいらしい。
レンタカー?そういえば、朝駅前をちょっとフラフラしている時に
レンタサイクルの看板を見たのを思い出し、
普段自転車なんて全然乗ってないけど、
車じゃ街をよく見れないので、思い切ってレンタサイクルで
行く事にしました。
念のため、そこまで自転車でどのくらいかかるか聞いてみると
「結構かかる、40分くらいはかかるのでは?」という答え。
「ああ、その位なら。」なんて普段全然乗らないにも拘らず
安易に答えてしまう私。
普段の運動不足がたたってか、休み休みしか行けず
結局片道1時間はかかってしまいました。
途中、偶然にも住吉中学校の前を通り、
「おお!ここかぁ。」なんて思ったのもつかの間。
そこは駅の反対側でもあり、海岸からもだいぶ離れているのに、
そこまでも津波が押し寄せたなんて…
信じられませんでした。。
でも確かな事実。
近くに川があるからそこからなのか?わかりません。。
やはり私の想像の域を超えています。
そのまま進み、北上川沿いをずっとずっと上っていき、
思った以上に遠いな~なんて思いながら
ひたすらママチャリのペダルを漕ぎました。

川沿いの途中には国の重要文化財なんかもあったりして。
朝着いた時は曇り空だったのが、時間が経つにつれて
だんだん晴れて来て、昼にはすっかり青空が広がり、
震災なんて感じさせないくらい
綺麗な景色と川の流れがありました。
重要文化財になっている水門

ようやく着いた道の駅。

とりあえず定番のご当地ソフトを食べ、温泉に入り、
足つぼマッサージをしてちょっとのんびり。
ずんだソフト。私がラスイチで後ろの人ごめんなさいでした


帰りまた一時間かけて帰るのか~と思うとちょっとげんなり
してしまいましたが、気合入れてとても強い向かい風に
逆らいながら、なんとか夕方にはまた駅に戻りました。
途中、釜揚げうどんを食べてみたりしながら。

お昼に天ぷら食べたのを忘れ、思わずイカ天を載せてしまった。。

返却時間まで、自転車でまた少し周辺を回りながら、
数少ないお店だけがやっている商店街で買い物したりしました。
たくさんのお金は落とせないけど、なるべくいろんなお店で
少しずついろんなモノを買ったり食べたりしました。
本当に微々たるものですが、ほんの少しでも復興に
貢献できたらと思いました。
自転車を返却しても、バスが来るまではまだ時間があり、
駅前のお店で夕飯を食べ一杯二杯飲みながら
時間をつぶしました。
たった一日で、まだ石巻のほんの一部だけですが、
それでも現地に来たことでいろんな事を感じる事が出来ました。
やはり、百聞は一見に如かず…。

⑧(ラストです!)へ続く。
2012年04月23日
石巻弾丸ツアー ⑥ ~ 門脇地区 ~
石巻弾丸ツアー⑥ です。
*今更ですが、被災地の現状そのままの写真を
今回のブログでは載せています。
写真の掲載は多分賛否両論あると思いますし、
見て辛い方もいらっしゃると思うので、
そういう方は見ないでくださいね。
(すでに見て辛くなってしまった人はごめんなさい。)
ただ、私としては現地の人の思いも聞いたうえで
あえて掲載させて貰うことにしました。
どうぞご了承くださいませ。
今回石巻に来て、来ることを全く予想もしていなかった場所。
だけどこの辺では一番大きな被害が出たところ。
ここ、門脇地区。
日和山から今度は海に面する方の坂道を下り始めました。
近くには女学校がありました。
「みんなこの坂を上ってここに避難してきたんだ。
テレビとかでよく報道されていたのはこの場所なんだよ。」
おじいちゃんは教えてくれました。
そのまま坂を下りていくと、あたり一体は墓地でした。
もともとそこはお寺と墓地があり、
隣接して小学校が建っていました。
ちょうど小学校の裏側が見える場所に立つと
「真っ黒になってるのがわかるだろ?
火事で燃えてしまったんだよ。」
そのまま一番下まで降りると小学校の敷地に入れます。
ここにも「立ち入り禁止」の看板が立っていましたが、
おじいちゃんは気にせず校庭に入ってきます。
「入っていいんですか?」と私。
するとおじいちゃんは
「いいのいいの。ここね、長渕剛さんが昨年来て歌ってたんだよ。
いろんな芸能人がボランティアでこの辺にも来てくれたんだ。」
と言いました。
「そういえば、なんかで見たような…」
でも、すぐに思い出せませんでした。
さすがに校舎内は危ないので、入りませんでしたが、
目の前に聳え立つのは火事で真っ黒になった校舎。
窓ガラスも割れ、瓦礫こそなくなっていたものの
震災直後のままでした。
どうしても先にやるべき所があるのでこの辺は後回しに
なるそうです。
ここに通っていた子供たちは、
震災時、先ほどの日和山に登り避難したそうです。
この学校では普段から津波が来たら日和山に
逃げることを徹底していたといいます。
だけど、住民の人達は押し寄せる津波と共に
流されてくる家や車、そして大きな火災、
逃げれた人逃げ切れなかった人…
辺り一帯は大惨事と化しました。
ニュースにもなった幼稚園児を乗せたバスが
被災してしまった場所もここだったそうです。。
あの日、この辺一帯は雪が降っていました。
逃げるだけでも大変なのに追い打ちをかけるように。
どれだけ怖かったか… 本当に胸が痛みます。
おじいちゃん曰く、小学校の子供たちは今は、
いくつかの学校に分かれて通っているそうです。
今ではすっかり何もなくなった校庭。
ひっそりとあるプール。

近くには子供がいた事を思わせる品も
いくつか残っていました。

途中、車に乗った何人かの大人たちがやはり
見学に来ていました。学校のOBの方たちが
時々様子を見に来られているそうです。
山の下から見る景色は、
ただただ広大な土地が広がっていました。
時折、取り残された建物がポツンとある程度。
そして奥には瓦礫と化した、でも元々は皆さんの家や車や
大切なモノの数々…

奥にはたくさんの車が…

実は現地に行く前はほとんど何も情報を得ないで
ただ、とりあえず行ってみようと思い行きました。
帰ってきてから、震災時や直後の石巻の映像を
いくつか見ました。
私も立ったあの場所やこの場所。
見覚えのある風景がこの前見たのとは全然違う状態で
映像として映し出されていました。
また、長渕剛さんが歌ったという門脇小学校前の映像。
去年の紅白でした。
偶然途中から紅白を録画していたのを、
まだ観ていなかったので観てみたら、
しっかり映っていました。
涙が出ました。
私たちは、この震災から何を学び、何を語り継ぎ、そして
何を生かしていけるでしょうか?
*今更ですが、被災地の現状そのままの写真を
今回のブログでは載せています。
写真の掲載は多分賛否両論あると思いますし、
見て辛い方もいらっしゃると思うので、
そういう方は見ないでくださいね。
(すでに見て辛くなってしまった人はごめんなさい。)
ただ、私としては現地の人の思いも聞いたうえで
あえて掲載させて貰うことにしました。
どうぞご了承くださいませ。
今回石巻に来て、来ることを全く予想もしていなかった場所。
だけどこの辺では一番大きな被害が出たところ。
ここ、門脇地区。
日和山から今度は海に面する方の坂道を下り始めました。
近くには女学校がありました。
「みんなこの坂を上ってここに避難してきたんだ。
テレビとかでよく報道されていたのはこの場所なんだよ。」
おじいちゃんは教えてくれました。
そのまま坂を下りていくと、あたり一体は墓地でした。
もともとそこはお寺と墓地があり、
隣接して小学校が建っていました。
ちょうど小学校の裏側が見える場所に立つと
「真っ黒になってるのがわかるだろ?
火事で燃えてしまったんだよ。」
そのまま一番下まで降りると小学校の敷地に入れます。
ここにも「立ち入り禁止」の看板が立っていましたが、
おじいちゃんは気にせず校庭に入ってきます。
「入っていいんですか?」と私。
するとおじいちゃんは
「いいのいいの。ここね、長渕剛さんが昨年来て歌ってたんだよ。
いろんな芸能人がボランティアでこの辺にも来てくれたんだ。」
と言いました。
「そういえば、なんかで見たような…」
でも、すぐに思い出せませんでした。
さすがに校舎内は危ないので、入りませんでしたが、
目の前に聳え立つのは火事で真っ黒になった校舎。
窓ガラスも割れ、瓦礫こそなくなっていたものの
震災直後のままでした。
どうしても先にやるべき所があるのでこの辺は後回しに
なるそうです。
ここに通っていた子供たちは、
震災時、先ほどの日和山に登り避難したそうです。
この学校では普段から津波が来たら日和山に
逃げることを徹底していたといいます。
だけど、住民の人達は押し寄せる津波と共に
流されてくる家や車、そして大きな火災、
逃げれた人逃げ切れなかった人…
辺り一帯は大惨事と化しました。
ニュースにもなった幼稚園児を乗せたバスが
被災してしまった場所もここだったそうです。。
あの日、この辺一帯は雪が降っていました。
逃げるだけでも大変なのに追い打ちをかけるように。
どれだけ怖かったか… 本当に胸が痛みます。
おじいちゃん曰く、小学校の子供たちは今は、
いくつかの学校に分かれて通っているそうです。
今ではすっかり何もなくなった校庭。
ひっそりとあるプール。

近くには子供がいた事を思わせる品も
いくつか残っていました。
その脇に立つ一本の木。
火災か塩害のせいか途中までがすっかり枯れています。
火災か塩害のせいか途中までがすっかり枯れています。

途中、車に乗った何人かの大人たちがやはり
見学に来ていました。学校のOBの方たちが
時々様子を見に来られているそうです。
山の下から見る景色は、
ただただ広大な土地が広がっていました。
時折、取り残された建物がポツンとある程度。
そして奥には瓦礫と化した、でも元々は皆さんの家や車や
大切なモノの数々…

奥にはたくさんの車が…

実は現地に行く前はほとんど何も情報を得ないで
ただ、とりあえず行ってみようと思い行きました。
帰ってきてから、震災時や直後の石巻の映像を
いくつか見ました。
私も立ったあの場所やこの場所。
見覚えのある風景がこの前見たのとは全然違う状態で
映像として映し出されていました。
また、長渕剛さんが歌ったという門脇小学校前の映像。
去年の紅白でした。
偶然途中から紅白を録画していたのを、
まだ観ていなかったので観てみたら、
しっかり映っていました。
涙が出ました。
私たちは、この震災から何を学び、何を語り継ぎ、そして
何を生かしていけるでしょうか?
2012年04月23日
石巻弾丸ツアー ⑤ ~ 日和山公園 ~
石巻弾丸ツアー⑤ です。
しばらく歩いて、急な坂道を登っていくと、日和山公園に
辿り着きました。辺り一面がよく見渡せます。
桜はまだ蕾の状態でした。

そのまま進んでいくと、大きくて立派な神社が…
鹿島御子神社というそうです。
おじいちゃんと一緒にお参りをしました。
参拝を終えて、反対側に向かっていくと大きな鳥居があります。

そこからは本当に辺り一面が見渡せました。
これが今の石巻の状況です。

海までの敷地はほぼ更地に近い状態になっていますが、
もともとここは全部住宅街になっていたそうです。

遠くに目をやると、いろんな場所に瓦礫の山がありました。
分別されているようで、ピラミッドのように積まれた山。
車だけの場所。


自由の女神が建っているのですが、肉眼ではわかりませんでしたが
アップにすると左の下半身が削られているのがわかりました。
しばらくこの場所でおじいちゃんといろいろな話をしました。
その中で印象的だったのは、「てんでんこ」という言葉。
そういえば、震災の直後はメディアでも伝えていたフレーズ。
でも、改めて今聞かれると記憶があいまい。
おじいちゃんに「どういう意味でしたっけ?」と聞いてみる。
「てんでんばらばら。津波や地震が来たら自分たち各自の判断で
とりあえず逃げるという事。家族や荷物を置いてでも逃げるんだよ。
それが昔からこの辺の教えなんだ。今回は助けに行った人たちが
たくさん犠牲になった…。」
自己判断。
とにかく 『自分の命は自分で守る』 という事。
いろんなものに依存しすぎている私たち。
自分の判断でどこまで行動が出来るのか…
荷物を取りに行ったり、誰かを助けに行って亡くなってしまった人。
それがもちろん悪いわけではないし、きっとそれも自己判断。
助けに行って亡くなってしまった人も、いけなかった人も、
それぞれがきっといろんな想いや後悔があったと思います。
それがいい悪いなんて誰にも決められない。
だから誰も責めたりはしない。
それがこの「てんでんこ」の教え。
そしてもう一つおじいちゃんが教えてくれたのは、
ここ石巻は川沿いでは珍しい無防波堤の街だったんだということ。
だから私は聞きました。
「それは今まで大きな津波が来なかったからですか?」
するとおじいちゃんは、
「いやいや、何度も津波は来てるよ~。だけどここは貿易の町。
いろんなものをこの川から船で運んでたんだよ。
川沿いにはたくさんの船がいつも並んでいたんだ。
だから防波堤があると荷物の荷卸しなどに邪魔だったんだよ。
津波が来ても、そこまで大きいのも来なかったし
来たらとりあえずてんでんこ。
多少周辺が壊れても、防波堤を作るよりは良かったんだよ。
だけど、やっぱり今回の津波は想定外だった。」
と言いました。
昔はとても貿易で栄えた街だそう。
だけど、現在は大手商社などが直接買付けに来たりするので
昔ほどの賑わいはなくなっているとか…
「漁師も農家も大変な時代だよ。
一次産業は…。いい時代もあったんだろうけど…。
今は中間の人たちの方がいいんじゃないの?」
っておじいちゃんが言ってました。
ちなみにおじいちゃんは、この周辺のパルプ工場で働いていたそうです。
しばらく公園内を歩いているとおじいちゃんが
「この下の街は震災の時、大きな火災がたくさんあったんだ。
車のガソリンとかで火事が起きて、
一帯は大きな火の海に包まれたんだ。
その中には小学校があったんだよ。
行ってみるかい?下に降りたらいけるよ?」
火事の跡…
さすがにちょっと戸惑いましたが、せっかくなので行く事にしました。
⑥へつづく。
しばらく歩いて、急な坂道を登っていくと、日和山公園に
辿り着きました。辺り一面がよく見渡せます。
桜はまだ蕾の状態でした。


そのまま進んでいくと、大きくて立派な神社が…
鹿島御子神社というそうです。
おじいちゃんと一緒にお参りをしました。
参拝を終えて、反対側に向かっていくと大きな鳥居があります。

そこからは本当に辺り一面が見渡せました。
これが今の石巻の状況です。

海までの敷地はほぼ更地に近い状態になっていますが、
もともとここは全部住宅街になっていたそうです。

遠くに目をやると、いろんな場所に瓦礫の山がありました。
分別されているようで、ピラミッドのように積まれた山。
車だけの場所。
向こうの方にもあるのが見えます。

少し移動すると、先ほどの萬画館がある中州も良く見えます。

自由の女神が建っているのですが、肉眼ではわかりませんでしたが
アップにすると左の下半身が削られているのがわかりました。
しばらくこの場所でおじいちゃんといろいろな話をしました。
その中で印象的だったのは、「てんでんこ」という言葉。
そういえば、震災の直後はメディアでも伝えていたフレーズ。
でも、改めて今聞かれると記憶があいまい。
おじいちゃんに「どういう意味でしたっけ?」と聞いてみる。
「てんでんばらばら。津波や地震が来たら自分たち各自の判断で
とりあえず逃げるという事。家族や荷物を置いてでも逃げるんだよ。
それが昔からこの辺の教えなんだ。今回は助けに行った人たちが
たくさん犠牲になった…。」
自己判断。
とにかく 『自分の命は自分で守る』 という事。
いろんなものに依存しすぎている私たち。
自分の判断でどこまで行動が出来るのか…
荷物を取りに行ったり、誰かを助けに行って亡くなってしまった人。
それがもちろん悪いわけではないし、きっとそれも自己判断。
助けに行って亡くなってしまった人も、いけなかった人も、
それぞれがきっといろんな想いや後悔があったと思います。
それがいい悪いなんて誰にも決められない。
だから誰も責めたりはしない。
それがこの「てんでんこ」の教え。
そしてもう一つおじいちゃんが教えてくれたのは、
ここ石巻は川沿いでは珍しい無防波堤の街だったんだということ。
だから私は聞きました。
「それは今まで大きな津波が来なかったからですか?」
するとおじいちゃんは、
「いやいや、何度も津波は来てるよ~。だけどここは貿易の町。
いろんなものをこの川から船で運んでたんだよ。
川沿いにはたくさんの船がいつも並んでいたんだ。
だから防波堤があると荷物の荷卸しなどに邪魔だったんだよ。
津波が来ても、そこまで大きいのも来なかったし
来たらとりあえずてんでんこ。
多少周辺が壊れても、防波堤を作るよりは良かったんだよ。
だけど、やっぱり今回の津波は想定外だった。」
と言いました。
昔はとても貿易で栄えた街だそう。
だけど、現在は大手商社などが直接買付けに来たりするので
昔ほどの賑わいはなくなっているとか…
「漁師も農家も大変な時代だよ。
一次産業は…。いい時代もあったんだろうけど…。
今は中間の人たちの方がいいんじゃないの?」
っておじいちゃんが言ってました。
ちなみにおじいちゃんは、この周辺のパルプ工場で働いていたそうです。
しばらく公園内を歩いているとおじいちゃんが
「この下の街は震災の時、大きな火災がたくさんあったんだ。
車のガソリンとかで火事が起きて、
一帯は大きな火の海に包まれたんだ。
その中には小学校があったんだよ。
行ってみるかい?下に降りたらいけるよ?」
火事の跡…
さすがにちょっと戸惑いましたが、せっかくなので行く事にしました。
⑥へつづく。







